ミュージシャンとして幅広く活躍するかたわら、多彩なテーマで執筆活動も行っている菊地成孔氏。文筆家としてのデビューのきっかけとなったのは、1998年からWebサイト上に書きつづっていた散文だった。友人のサイトの一角に間借りする形で書き始めたライブの告知文が予想外の話題を呼び、2003年に初のエッセイ集『スペインの宇宙食』(小学館)を刊行した。
今では、有名人のブログは一般的になり、“ブログ本”も多数発行されている。菊地氏もオフィシャルサイトに日記を書き続けているが、ブログの形式は採っていない。読者とコメント欄を通じてつながりたい、という欲求はないのだという。
ブログ、そしてインターネットというメディアを菊地氏はどのようにとらえているのか。詳しく話を聞いた。

■菊地さんの日記は、いわゆる「ブログ」形式ではありません。何か理由があるのでしょうか。
コメント欄が付いているフォームで何かをやったことは一度もありません。コメントが付いてうれしい、誰かとつながることができて楽しい、というのは、他人事としては分かりますが、自分には全くないですね。好きなことを書きたいだけなので。それを、誰かが読んでくれればいい。だから読者やリスナーとの関係も、20世紀型ですよ。書籍を出して買ってもらったり、そのうちのわずかな人からファンレターをもらったり、というのと同じです。
僕が日々のことを書き始めたころ、インターネットが日記を書くツールとしてこれだけ魅力があるということは知らしめられていなかった。そんな中で日記を書いていたわけですが、僕の場合は本当の日記ではないんです。「日記文学」というジャンルは昔からありますが、あくまでも公開用におもしろおかしく書いていて、赤裸々な心情吐露はしません。
その後、ブログフォームと「mixi」によって、インターネットは日記を書くツールとして定着しました。現代の素人が自分の日記を書き始めたら、「毎日つらい」とか、最終的には「死にたい」とか、そういうことを書くことになる。こんなことをそのままぶつけられても、あまり読みたいとは思いません。
それに「Twitter」に象徴される、相互のコミュニケーションによって成り立つ世界では、別に作品としての散文を書かなくていい。「今トイレ行ったんだよね」というのでいいわけです。それもいいとは思うんですが、僕はあまりやる気はないですね。
■では、他人のブログを読んだりはしないのですか。
積極的に読みに行くことはしませんね。mixiやTwitterも、存在は知っていますが、ログインしたことはありません。
検索してサイトを見て回ることも、今はほとんどありませんね。ネット上の情報は基本的には信用していません。別に誹謗するわけではないけれど、「Wikipedia」だってウソはたくさんあります。僕自身のことを調べてみても、記述の間違いは山ほど見つかります。だからといって、直そうとも思わない。ネット上の百科事典なんてこんなものだろう、と思うからです。それはネットに限った話ではなく、新聞だって記者が書いているんだから間違いはある。同じですよね。情報の真正性なんてどこにもない、と思っています。
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