最近、CDプレーヤーでディスクを再生する時間よりも、パソコン経由で音楽を聴く時間のほうがずっと長くなってきた。iTunes Storeなどから購入したアルバムもあれば、単にCDから取り込んだファイルもある。それに加えてストリーミングで音楽を提供してくれるさまざまなサービスがある。ネットラジオだけでも膨大な量の録音とライブを配信してくれるし、これまでに本連載で紹介してきたように各音楽団体やアーティストが自主配信する音源もある(年間購読しているベルリン・フィルのDigital Concert Hallを聴く/見るだけでもかなりのボリューム感だ)。ドイツ・グラモフォンをはじめ、オンデマンドでアルバムを配信してくれるレーベルもある。ナクソス・ミュージック・ライブラリーのような複数のレーベルの音源を定額配信するサービスだってある(いずれはどのレーベルもこのようなライブラリー制の配信を始めることになると予想しているのだがどうだろうか? たとえばまずは新譜発売後一定期間を経たもののみを対象とするような形で)。
こうして音楽を聴く「チャンネル」が増えてくると、だんだん「アルバム」という概念が薄れてくるのを感じる。音楽CDには74分程度という収録時間の制約があるため、これがアルバムの内容をある程度定めてきた。収録曲はこれより長すぎてはいけないし、あまり短すぎるとユーザーが満足しない。だから、たとえばベートーヴェンの交響曲なら、「第九」を例外として、おおむね二曲ワンセットで一枚のアルバムが企画される。
でもインターネットを通じて配信される音楽には、そのような時間の制約がない。iTunes Storeやドイツ・グラモフォンのサイトでベートーヴェンの交響曲を一曲だけ買うこともできる。さらにライブラリー型の定額配信であったり、あるいは演奏会単位で配信するようなサービスとなると、もう「アルバム」という概念が見えなくなる。CDであっても、いったん音源がパソコンに取り込まれると、「ディスクを入れ替える」という行為が要求されなくなるので、それだけでもこの概念は希薄化される。失われるとまでは言わないが。
「名盤ガイド」という音楽書の人気ジャンルがある。ワタシもずいぶんお世話になってきた。古今の名曲名盤の中から、これぞというアルバムを厳選し、推薦コメントを添える形式になっている。でも、これからは「名盤ガイド」のスタイルが変わるかもしれない。「アルバム」単位よりも「ライブ」や「曲」単位で音楽に触れる機会が増えそうだし、これからライブラリー型の定額配信が広まれば、「これを買おうか、それともあれを買おうか」という悩みそのものがなくなってくる。ゼロから少しずつ自分のCD棚を構築するのではなく、初期状態から「これもあれも全部ライブラリーにある」状態で音楽体験がスタートするわけだ。ストリーミングで音楽が提供されると、料金は音源という「モノ」の対価ではなく、「体験」の対価なのだと意識しないわけにはいかない。
では、音楽を聴くチャンネルがどんどん増え、誰もが最初から無尽蔵のライブラリーにアクセスできるような状態になったとき、「名盤ガイド」は不要になるだろうか。むしろ逆だろう。「なんでもあります」といわれると、かえってなにも選べない。なにかガイドが欲しくなる、別にガイドに盲従するつもりはまったくないにしても。ただし、その場合、「ガイド」はアルバム単位で構成される必然性はもはやない。必要なのは曲あるいはトラックを並べた「プレイリスト」だろう。そして「プレイリスト」のボリュームは「枚数」や「曲数」ではなく、「時間」で表現されそうな気がする。たとえば、「永遠不滅の名曲名盤300時間」とか。あるいは「名盤大全10000時間」とか「名盤20時間ぽっきりコース」とか。「誰の」プレイリストなのかも、強く意識されるだろう。「Aさんのプレイリストは信用できる」とか、「Bさんのプレイリストは確実に自分に合わないので逆指標として使える」といったように。「プレイリスト」の流通や交換といった考え方はネット上にはすでに存在するものだが、遠からずクラシック音楽の「名盤ガイド」も「プレイリスト」的な考え方にもとづいて編集されるようになるにちがいない。
【飯尾洋一(いいお よういち)】
音楽評論家。1965年金沢市生まれ。著書に「クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!」(三笠書房・王様文庫)。名古屋大学理学部物理学科卒業後、音楽之友社にて月刊誌「レコード芸術」「音楽の友」および書籍などの編集に携わる。現在は、クラシック音楽についての執筆などで活躍。1995年よりクラシック音楽ファンのためのWebサイト「CLASSICA」を個人で運営
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