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2007年3月7日

1冊の赤い本が教えること---李元揆韓国・高麗大学教授インタビュー(2)

兼宗 進=一橋大学助教授

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(執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

 韓国での情報教育は、学校に設置されたコンピューターが寿命を迎えつつあるという問題に加え、これからの情報社会で通用する能力の育成が十分に行われていないという課題も抱えているようです。前回に続き、韓国・高麗大学教授の李元揆氏へのインタビューです。(編集部)

コンピューターを使わないコンピューター入門

李:今から2、3年ほど前になりますが、コンピューターを使わなくても情報処理の仕組みを学ぶことができるような教材は作れないだろうかと、探していました。そのときに、ニュージーランドで書かれた優れたテキストを見つけたのです。タイトルは「Computer Science Unplugged」。著者はニュージーランドでコンピューターサイエンスを研究しているティム・ベル博士です。そもそも彼自身の子供が9歳になった頃にコンピューターの概念を教えたいという思いから始めた取り組みだったそうです。

兼宗:私も内容を見ましたが、大学でも教えていないような内容が含まれています(笑)。教員用の指導書も用意されていますし、授業で使うことを考えて、生徒にそのまま解かせることができるワークシートも用意されています。まさに「コンピューターを使わないコンピューター入門」です。

李:実際に取り扱っている内容は、抽象的な概念も含まれていますから、大学でコンピューターを専攻している人でも難しいと感じているようなものも含まれています。例えば、2進数の概念などもゲーム感覚で理解できるよう、ビデオなども用意しているんです。

 例えば、子供たちがずらっと並んでカードを持っていますね。カードが表の時は2進数の1、裏の時は0を意味しています。表を向いているカードの数字を足し合わせていくと10進数になります。コンピューターが情報を処理していくときに鍵となる、1と0の世界をゲームのように見せていくんです。(参考:Google Videoで公開されている「Computer Science Unplugged」の説明

兼宗:算数で学ぶ数の世界は、10進数が強すぎて、2進数を学ぶ頃には1と0という数字の並びを10進数と離れて見ることが難しくなっていますね。小学生くらいから2進数の概念のようなものだけでも知っていれば、10本の指で数えることができるのは10までではなく、2の10乗(1024)まであるということも分かります。そのすごさに気づくことができればすごいですよね。

李:教える側にもそういう気づきを促す能力が求められます。実際にはComputer Science Unpluggedのような教材を見ても、ここで表現されている世界がどういう意味を持っているのかをきちんと理解し、かつ生徒たちにその重要性を教えられるかは教員側の力量にかかっている部分が大きいです。

 えてして、コンピューターの専門家というのは、自分で学ぶことには一生懸命なのですが、人に伝えるのがあまり上手ではありません。

兼宗:そういう意味でこの本には私も注目しています。私はコンピューターというものの難しい点も、日本の教育課程でしっかり教えてほしいと思っているのですが、実際には学校でそこまで教えるのは容易ではありません。このギャップを埋めることができればいいですね。

子どもの興味をどう引き出すか

李:本当にそう思います。韓国の情報教育は進んでいるように思われていますが、実際にはこういう初歩的な教材もない状態でした。著者のティム・ベル博士はニュージーランドのサーバーの上に各国語版を作ってそこからダウンロードできるようにするというポリシーでプロジェクトを進めていたようなのですが、やはり私は本にしたかったので、韓国では翻訳したものを赤い表紙の本にして出版しました。

 現在のテキストではあつかうテーマが20くらいあります。私たちも韓国でのプロジェクトではいろいろ工夫をして、現在、含まれていないけれど、加えた方がいいと思う内容を提案していきたいと考えています。もちろん、国を超えようとすると文化の違いのようなものも出てくると思いますが、そういうものはできるだけ入れずに、汎用的に扱える内容にしていければと考えています。

兼宗:私も日本語版の翻訳を進めているのですが、本当に興味深い内容ですね。

李:もう1つ今後、取り組んでみたいと考えているのが、創意的な問題解決能力を高めていけるような授業の開発です。過去10年の情報教育は、どうしてもコンピューターやインターネットありきでした。でも、これらのツールを生かす能力こそ、未来を生きる子どもたちには必要だと思うんです。彼らが学校から巣立って、加わっていく社会は、習ったものを答えられればいいという場ではありません。韓国では大学入試に向けた勉強が中心になっているあまり、いわゆる問題発見、問題解決というところでの能力が十分に育てられていないように感じるからです。

 既存の教科でいえば、国語も英語もツールです。情報も同じ意味でツールとして使いこなしていくための体系的な教育方法を考える時期にあると思っています。

 中でも注目している教育ツールは兼宗先生が開発された「ドリトル」に代表されるような「教育用プログラミング言語」、プログラミングによる制御を学ぶ「制御ロボット」、Computer Science Unpluggedのような「NPR(Non Programming Resources)」、そして「パズル」です。

 パズルは私が実際に大学での講義で用いている教育ツールです。キャストパズルのような立体のパズルを与えて、解いてからまた元に戻させます。その方法を他人が読んで分かるように紙の上で表現をさせるのです。そのうえで、複数のパズルに共通する解き方をグルーピングさせるなどしています。パズルの場合、自分で試行錯誤して、解き方の順序を発見する必要があります。さらに解く方法をグルーピングする作業は、アルゴリズムを理解するプロセスにも通じるものがあるのではないかと考えています。また、抽象化やモデリングにも利用できます。

 いずれにしても、子どもが少なくなっている現在、生徒や学生が無条件におもしろそうだと興味を感じるところに、教えるべき内容を入れていくという教育方法でなければ、実を結ばないように思いますね。

次回に続く)

お知らせ:3月10日(土)に一橋大学佐野書院にて、情報処理学会情報処理教育委員会の主催によるプログラミングの教育利用をテーマとしたワークショップが開催されます。午後の情報教育分科会では対談中で紹介された「Computer Science Unplugged」についての紹介もあります。詳細は情報処理学会の「教育用プログラミング言語ワークショップ2007」をご覧ください。

著者プロフィール

【兼宗 進(かねむね すすむ)】
1963年東京生まれ。87年千葉大学工学部電子工学科卒業、89年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了、工学修士。15年間の企業勤務ののち、2004年筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士課程修了、博士(システムズ・マネジメント) 。2004年より一橋大学総合情報処理センター助教授。主な研究対象分野はコンピューター教育。自ら教育用プログラミング言語「ドリトル」の開発も手がける。詳しくは兼宗研究室のサイトを参照のこと。


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