都心での会議は毎週のようにあるのだけれど、人間の欲望が渦巻く都心での出来事にはあまり興味がわかなくて、いつも会議が終われば、家族も仕事も待っている自宅に直帰してしまう。
ところが、この日、珍しく僕は銀座のど真ん中(地下だけど…)に立っていた。「東京ユビキタス計画・銀座」という企画の体験者募集に、僕の参加するユビキタス関係の研究会はまるごと参加したのだ※1。
受付は、東京メトロ銀座線の銀座駅A5階段の下、つまり銀座4丁目交差点の真下の地下通路に設けられていた。受付を済ませると、通行の妨げにならないように、通路に並べられたパイプ椅子に座るように指示された。実験参加の申込書に名前なんかを記入して、係りの人に渡すと、小さな羽子板みたいな形の「ユビキタス・コミュニケータ(UC)」と呼ばれる携帯情報端末を受け取った※2。
UCは、ヘッドフォンのついたストラップを首からぶら下げて利用する。やや大きめのPDAといった感じの本体正面には、タッチパネル式の有機ELのディスプレイ、それに回転式の選択ボタンが付いている。背面にはICタグのリーダー、表にも裏にも赤外線の受光装置がついていて無線LANもOKである。
それから、僕にはちょっと使いにくかったのだけれど、トリガーレバーと呼ばれるボタンが、羽子板の取っ手のところについている。電柱なんかに張りつけられたICタグをみつけたら、UCを近づけて、そのボタンを押して情報を読み取るわけだ。
ふむふむと説明をうかがっていて、ふと気づくと、個人で参加を申し込んだ人たちが、お隣のパイプ椅子のかたまりで、同じように説明を聞いている。ほほう、結構、女性もお年寄りも多い。説明が終わってから、そのうちのお一人に声をかけてみたら、たまたまインターネットでこの計画を見て参加を申し込んだのだそうだ。あたらしモノ好きの高齢者がいっぱいいてくれると、地域社会の情報化の未来は明るい。
早速、ちょっと大きめのヘッドフォン・ステレオを身に着けた格好のUCおじさんやUCおばさんたち十数人の一行は、地上へと移動した。ITモノが好きなのは、高齢者ばかりじゃなくて、銀座に観光に来ていた外国人もそうらしい。何じゃそりゃと声をかけてきた。これは、これこれしかじかと今聞きかじったばかりの説明をすると、さすが技術の国だとホントに感心していた。
ユビキタスは観光資源になりそうなので、今度の実験のときには、UCを宇宙人がかぶる銀色でとんがった帽子みたいなかたちにすると、もっと目立っていいかもしれない。ディスプレイも、サングラスみたいなヘッドマウント・ディスプレイなんかにして……※3。
などど思いつつ、銀座三越の正面入口の近くに来るとピンポーンと音がした。入口の天井に仕掛けられた赤外線マーカーの信号にUCが反応して、お店の情報が記録された映像ファイルを再生しはじめたのだ。その次は無線マーカーに反応して、三愛ドリームセンターの恋の招き猫「コイコリン」を探せ! と情報が飛んでくる。おおこんなところにこんな猫がいたのかと、願いを込めて猫のお腹をなでた(こうするとダイエットで再出発の願いが叶う)。今度はバス停に貼られたICタグをみつけたので、トリガーレバーを押して、ボヨヨヨヨーンとUCのくるくる丸まったカールコードを伸ばして、ICタグ・リーダーをかざしてみると時刻表などバスの案内が表示される。うーん、便利だなぁ。
情報が街中から飛んできて、気づきを与えてくれるのは実に良い。ケータイなんかにUCがドッキングするようになったら、もっと面白くなるぞと、銀座通りをセンサーとICタグを探しながら歩いていたら、あっという間に時間がたって集合時間になってしまった。
ところが、帰り道、今度は、ピンポーン、ピンポーンと、再びセンサーが反応して、一度気づきを得た情報が、もう一度送られてきてしまう。実験だから、ご愛嬌だけれど、気づいていることに、また気づきを与えられると、なんだか、気が利きすぎるお母さんといっしょにいるような気分になって苦笑いしてしまった。
人に気づきを与えるってとても難しい。だって、気づきを与えたい人の個性と、場所と、時間をうまく組み合わせて情報を編集しなければならないから。
それが上手にできるようになった頃、未来の僕がいつも身に着けているUCケータイは、夕食時に、「ピンポーン! ハイ、モウ、タベルノハ、ソノクライニ、シテクダサイ」なんてかわいらしい女性の声で言うのだろう。
それで、ちゃんと食べるのをやめて、1ヶ月くらいがたってから体重計に乗ると、「ピンポーン! アナタガ、コイコリンニ、トドケタネガイハ、カナエラレマシタ」なんて…。
【注】
※1 この委員会は、広域関東圏産業活性化センター(GIAC)のユビキタスが実現する地域社会像と生活像調査研究会です(委員長 金安岩男 慶應義塾大学教授)。ユビキタス技術は、どうしてもビジネス利用への期待ばかりが膨らんでしまうのですが、この研究会では、地域社会の人々の暮らしの中で気づきを提供するためにユビキタス技術を利用することを考えようという研究会なのです。【本文に戻る】
※2 ユビキタス・コミュニケータは、東大の坂村健先生が率いるYRPユビキタス・ネットワーキング研究所が開発した携帯情報端末です。坂村先生は、OSを最初から無償で提供したり、すべてのモノにコンピュータをくっつけようと考えたり、今でもビックリするようなことを80年代のはじめから提唱し続けてきた人です。で、先生のお話は最高で、役所時代に講演をお願いしたのですが、地域の人たちは、笑いを交えた坂村先生のユビキタスなお話しに食い入るように聴き入っていました。【本文に戻る】
※3 ヘッドマウント・ディスプレイ(頭部装着ディスプレイ)といえば、10年近く前に、MIT(マサチューセッツ工科大学)のメディア・ラボのウェアラブル・コンピューティングの研究グループの報告を聴きました。サングラス型のディスプレイにカメラをつけて、無線LANで常時通信するコンピュータを背負っていた学生は、そのままトイレに行ってしまったので、研究室では大変なことになったそうです(笑)。【本文に戻る】
【小林 隆(こばやし たかし)】
1962年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。長年にわたり神奈川県大和市で市民参加のまちづくりを実践し、情報政策課チーフを経て、現在は東海大学政治経済学部政治学科准教授。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。
総務省「Web 2.0時代の地域のあり方に関する研究会」、大阪市「地域情報化指針」など国や地方の情報政策アドバイザーとして活動している。著書に『インターネットで自治体改革』(イマジン出版)、『市民にやさしい自治体ウェブサイト構築から運用まで』(共著、NTT出版)、『自治体改革 第10巻 情報改革』(共著、ぎょうせい)など。
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