すべての高校卒業生が教科「情報」を履修してくるはずだった2006年春。大学の情報系科目では「2006年問題」としてカリキュラムの内容を見直す動きがありました。教科「情報」未履修問題は、大学の講義にどのような影響を与えているのでしょうか。
大学での「情報」教科の教員養成課程の問題も合わせて、東京農工大学総合情報メディアセンター助教授の辰己丈夫氏、早稲田大学メディアネットワークセンター客員講師の前野譲二氏をゲストにお迎えした座談会形式でお送りします。(編集部)
「情報」の教員免許を取得できる組織は全国に463も
辰己: 今、日本で「情報」の教員免許を取得できる課程を持っている組織はいくつあると思いますか。
前野: 四百数十あったように記憶していますが。
辰己: よくご存じですね。平成18年4月で463の組織が認可されます。
兼宗: それは多いですね。
辰己: 非常に多いです。
前野: 社会学部でとれる大学もありますよ。そのせいで、情報の教員養成課程の講義は他の講義とぶつからないように夜に用意しなくてはならなくなっています。
兼宗: 大学での情報の教員養成課程で必修とされる内容というのはどういうものなんでしょうか。400を越える組織が実施できるくらい「参入障壁」が低いものなんですか。
前野: そうですね。一般的な感覚では、教育学部はもちろんですが、理学部、工学部、理工学部、あとは情報系学科あたりを経た人が教員としては適任なんじゃないかという印象を受けるのではないでしょうか。
辰己: 大学側が用意しなければならない分野は、「情報社会及び情報倫理」「コンピューター及び情報処理」「情報システム」「情報通信ネットワーク」「マルチメディア表現及び技術」「情報と職業」の6つです。この6つを合計20単位以上取得することに加えて、教育法、教育実習、教育心理学、日本国憲法なども学ぶ必要があります。
前野: ただ、大学側がもともと用意している科目で内容を満たせるものもあるんです。例えば、「コンピューターおよび情報処理」については全学生に必修にしている「情報処理入門」とか「コンピューター入門」といった科目を当てるケースは多いですね。これで2単位分です。
辰己: 「情報と職業」というところは、複数の教員が交代でオムニバス形式に講義を行うことで対応できます。
前野: 実務家がゲスト講師として呼ばれて、情報システムを実際にはどのように使っているのかという内容を聞かせるケースもあります。ここも2単位です。
辰己: 大学によっては4単位で構成しているケースもありますね。「情報倫理」については教えることができる人は少ないと思いますが、高校の教員を呼んで講義をしてもらうことで補っているところもあるようです。これで2単位。ここまでで、合計6〜8単位になります。
問題は「情報システム」「情報通信ネットワーク」「マルチメディア表現による技術」で行われている教育内容ですね。「情報システム」では金融機関のシステム構築を経験した人に話をさせて、「情報通信ネットワーク」はインターネットの検索を使うことを実習として認め、「マルチメディア表現」ではPowerPointのスライドを作ったり、Illustratorを使って絵を描いてみたりということでよしとするなんていうケースもあるようです。もっとも、これは極端な例ですが。
前野: 講義内容をきちんと用意すると、半分くらいの学生が脱落していきますよ。私が担当している「情報通信ネットワーク」の授業では、CCNA(Cisco Certified Network Associate)が取得できる程度の知識を身につけないと単位が取れないと思います。「ちょっと教員免許でもとっておこうか」くらいの気分で履修する学生がいるせいもありますが。
辰己: 情報の教員免許を付与することについて、見た目の「参入障壁」は高いのですが、400を越える組織が付与できるようになっている現状をみると、大学側にとってはそれほど負担にならずに教員免許を出せる環境があるといえると思います。ただ、その裏には大学ごとの教育内容のばらつきがかなり大きいという実態があるわけです。これは、大学に対する文部科学省の認定が比較的緩かったということもあるのではないでしょうか。
兼宗: 教科「情報」が設置されることが決まって、戦略的に教員を増やそうとしたのが、免許を付与する組織が増えた理由ということはないですか。
辰己: それはないと思います。現職教員に対する認定講習会を経て、3年間で9000人の教科「情報」の教員が誕生しているわけですから。
大学での情報教育は当面変わらない?
兼宗: 話は変わりますが、「情報」の未履修は世界史の未履修と同じく、進学校で顕著だったようですね。
前野: 定量的な調査はこれからやろうと思っているところです。定性的なデータになりますが、早稲田大学で受け持っている授業で「情報」を履修していたかを聞いてみたところ、履修したという人はほとんどいませんでした。早稲田の場合は、大学受験浪人経験者(編集部注:編集部注:情報の授業は2003年4月入学の高校生から開始されたので、2005年3月までの卒業生で浪人を経て大学に入学した人は「情報」を履修していない)が多い点は考慮する必要がありますが。
兼宗: これまで、すべての高校卒業生が教科「情報」を学んでくるという前提で、大学での情報教育も見直す必要があるんじゃないかと言われてきました。いわゆる「2006年問題」ですね。その点の影響はどうですか。
前野: 率直に言って、何も変化しませんでした。未履修問題が発覚したので、本当に履修していないんだなとは思いますが、今の学生は自宅にパソコンを持っているケースが多いので、未履修かどうかは授業の中ではわかりにくいですね。
兼宗: 一時は大学では操作系の教育はいらなくなるという話もありましたが、私はそれは間違いだと感じています。
前野: 現時点で早稲田に入ってくる学生についてはほとんどが高校では学んでいませんから、今まで通りやるしかないんですね。
兼宗: 私が一橋大学で教えている感覚では、高校で情報を勉強してきた学生はワープロや表計算ソフトを「そんなこと知っている」と感じているように思いますが、残念ながら大学でそのまま使えるレベルではありません。
辰己: 私は東大でも講義を受け持っていますが、率直に言って全然だめですね。現役で合格している学生が大半なので、2006年春からの講義では、例えば、キーボードのタイピングのように高校で勉強してきているはずのことは一部省略しようとしたんです。でも、最初の週や2週目の授業が終わったあとに「先生、僕、高校で情報をやっていません」という学生が何人もいました。
前野: 授業で聞いた感覚では7割くらいの学生は自宅にパソコンがあるようですよ。
辰己: ただ、高校でコンピューターを使ったことがないという前提で大学の授業をすると、全員同じラインにせざるをえませんよね。逆に言うと、それが2005年までの授業だったわけです。これは、高校で情報の授業を受けてきた人にとっては退屈な内容だったと思います。
2006年からの授業は学生間の経験や知識の差が埋まったという前提で授業内容を組み直したら、途端に付いていけない学生がばらばら出てきてしまいました。
兼宗: でも、そもそも今はまだ過渡期で、全員が情報を学んできている前提には立てないのではないでしょうか。二浪、三浪も当然いますから、やっぱり全体の講義時間の2割か3割を復習に充てるのはしようがないかなという気はしているんですけどね。
前野: そうですね、本来、大学では本来教える必要がないことではありますが。
兼宗: 「知ってるよね」と言いながらすべてを一度やらせてみる必要はありますね。
前野: 「情報」という教科は、実用性も要求されるし、実習もやらなきゃいけないうえに、大学で新しく学ばなくてはいけないこともあります。この点は、だいぶほかの教科と違うと思います。
(次回に続く)
【兼宗 進(かねむね すすむ)】
1963年東京生まれ。87年千葉大学工学部電子工学科卒業、89年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了、工学修士。15年間の企業勤務ののち、2004年筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士課程修了、博士(システムズ・マネジメント) 。2004年より一橋大学総合情報処理センター助教授。主な研究対象分野はコンピューター教育。自ら教育用プログラミング言語「ドリトル」の開発も手がける。詳しくは兼宗研究室のサイトを参照のこと。
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