携帯電話そのものを、ディスプレイとキーボードだけにしちゃえるかも。工学デザイナーの山中俊治さんは今、そんな未来的なプロジェクトを進めてきた。相方は、ウィルコム。その初段の成果が、画期的なサービスシステムのデザイン、「WILLCOM SIM-STYLE」である。山中さんシリーズの最終回は、このプロジェクトに込めた氏の想いを紹介して、筆を置きたいと思う。
実は、この「WILLCOM SIM-STYLE」は、見事、本年度の新領域デザイン部門でグッドデザイン賞金賞に輝いた。実は、Gマーク審査の副委員長を務めている私が、表彰式用の評価コメントを執筆している。それをまず、ここでご紹介しよう。
「マスプロダクトとしての宿命と、個性化のための他品種対応に引き裂かれ、悲鳴さえも聞こえるかの感のある昨今の携帯電話市場。そこに颯爽と登場した、この小型軽量のPHS通信モジュールは、 『ディスプレイとキーボードだけ』、という未来の携帯端末の姿を、私たちに予感させてくれた。チップを差し込むだけで生まれる個人認証機能と自由な通信機能は、通信技術を持たない企業にも、端末開発の可能性を拓き、ユーザーに対しては、これまで想像もしなかった端末複数所有の楽しさを提供する大いなる可能性を秘めている。また、この技術仕様を公開し、他企業とこの新しいモバイルコミュニケーションを協創する、フォーラムの存在も特筆に値する実践だ。」
さて、このプロジェクトへの想いを、山中さんご自身にお話しいただこう。
携帯電話の肝は「個人認証」
「結局、携帯電話って、今いろいろな機能がどっちゃり入っているけど、一番重要な機能は何かというと、個人認証だと思うんですよ。契約書としてのマシン機能ですね。
携帯電話って、つまるところ、ネットワークに参加する一員として、自分の正体を明らかにして、使ったお金は必ず払いますという契約をしなくては買えない商品じゃないですか。それがすごく他の商品と違うところです。
普通の商品というのは、僕らが買って使わないということだって十分あり得るわけです。買ってみたけど1度も使わずに、結局ゴミになっちゃうみたいなことだってあり得えますよね。でも、携帯電話ではそういうことはあり得ない。逆に言うと簡単に捨てることもできない、簡単にやめることもできないマシンなんですね。
私たちは、自分がそのネットワークに参加して、いろいろなサービスを受けることの証しとして携帯電話を契約する。その契約自体のデータが、実はこのマシンの中に入っているんです。実はここが携帯電話の一番の肝になる部分です。カメラが載ったり、音楽が聴けたり、ネットが見られたり、メールがやりとりできたりしますけど、それは全部本人が使っているという前提に立った機能に過ぎません。
このことが、実は携帯電話のデザインというのを非常に複雑にしている。契約が前提になっている携帯電話というマシンにとって、その「もの」の値段はどうでもいいわけです。なぜなら、所有者は使い始めた後にもお金を払い続けてくれるから。でも、あんな高機能なマシンが2万円で買えるという状況は、普通はないわけですね。
そういう状況が、この機械の機能をどんどん膨らませて、市場も大きく成長させました。でも、ここへ来て、ちょっと何か限界も見え始めています。市場の中の契約者数はすでにいっぱいいっぱいになりつつある。これ以上契約は、そんなに増えない、お互いが顧客を奪い合うようになってきた状況の中で、通信会社は新しい糸口を求めているんですね。
重要なものの入れ物としてデザインするとこうなる
それで僕らが考えたのは、その契約だけを切り出してカードにしちゃおうということなんです。簡単に言ってしまうと、魅力的なマシン、所有欲、ステータスといった部分と携帯できる電話を使う契約とを、取りあえず切り離しませんかという提案でした。ネットワーク上で使う重要な「印鑑」としての機能を切り離してカード化することで、本人の価値観が反映されるハードのみをユーザーが自在に選択でき、ケータイが普通に素直にコンビニでも買えるような状況をつくりたいというデザイン思想なんですね。
それを実現するために僕の方から提案したのは、カードそのもののデザインの大切さです。カードをどこまで機能化するか、アンテナを内蔵させるか、マテリアルはどうするかといった提案です。
実は、カードには、ほんのちょっと軟らかい素材が使ってあります。いわゆるメモリーカードって、ぺきぺき、めりめりしていて、壊れそうな感じなんですよね。そんなところに大事な情報を入れていいのかという感じがするのはまずいので、入れた時のばねの感触とかにも気を付けて設計したんですね。普通のメカよりも何かこう、さくっという感じで入っていくんです。大事なものを取り扱うというのは、どういうことなのかをみんなで丁寧に議論したんです。
「着せ替え」発想で広がる世界
これからの携帯電話のあり方を考える時に面白いのは、例えば「キッズケータイ」、バンダイが作ったものですね。
キッズケータイ「papipo」「たまごっち」バージョンもあります。そのおもちゃは、もちろんしゃべれない、通信機能を持っていないおもちゃなんですが、そこにこのカードを入れるとしゃべれるというのを、僕らは作ってみたかったんです。この個人認証カードが拓く世界は、一種の着せ替えケータイの可能性なんですね。
これまでのケータイ開発の世界では、子供の世界ならではのチープさなんかを、まったく受け入れてこなかった。でも、高機能マシンからチープマシンまで、カード一枚で、パソコンを含めた多様なユビキタスマシンを手にできる世界が確実に求められていると思います」。
このデザイン思想は将来、家庭でさまざまな仕事をこなす「サービスロボット」などにも展開されていくかも知れない。カード一枚で、リースロボットを利用するシーンが私には見えている。
通信技術を持たない多様なメーカーのプロダクトが、このカード一枚で語りだし、仕事をする未来。それは、高機能プロダクトがもたらしたコストの問題、環境負荷の問題は解決し、誰もが自分だけのマイプロダクトを持ちたいという究極のユニバーサルデザインへと発展していくように思えるのである。
さて、次回からはインタビュー形式をしばしお休みし、今回ご紹介した本年度のグッドデザイン賞のなかから、やさしいITの未来を占うプロダクトをご紹介していきたいと思う。乞うご期待。
【赤池 学(あかいけ まなぶ)】
1958年東京都生まれ。1980年筑波大学第二学群生物学類卒。日本で初めて「ゼロ・エミッション」の考え方を紹介した、国連大学学長顧問のグンター・パウリ氏の著書「ゼロ・エミッション(ダイヤモンド社刊)」の監修・訳を手がける。自ら設立したユニバーサルデザイン総合研究所所長として、製造科学・哲学分野の執筆、講演活動、ユニバーサルデザインに基づく製品開発、地域開発等を行う。現在、中国対外経済貿易大学客員教授、武蔵野美術大学講師、日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞審査委員、経済産業省産業構造審議会産業技術分科会委員、文部科学省革新技術審査委員会審査委員、農林水産省バイオマス・ニッポン総合戦略推進アドバイザリーグループ委員等を務める。
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