ICTの時代には、紙文化からWeb文化へ立ち位置を改める、発想を変えることが重要であると前回申し上げました。もう少し、その続きをお話しさせてください。
IT社会は、人類が長い歴史の中で未だ経験したことのない社会形態です。本来であれば、今の時代を100年、1000年単位の文明史転換点と見抜くことのできる深い思想を持った指導層により、それに合った社会が作られるべきなのでしょうが、もう少し時間が必要なのかも知れません。
ICTによって時間や空間といった縛りがなくなると、組織や社会は中央集権的なシステムから、分散化へと向かいます。
中央集権的な組織が必要とされたのは、紙文化の時代までです。
紙文化では、30年間仕事を続けている人は30年分の経験・知識を蓄積しており、それが組織の中で十分に共有されることはありませんでした。こうした知識を暗黙知と呼ぶことにします。
「30年前はこうだった」といえる人材が紙文化の時代には限られており、それだけで偉かったわけです。能力とは必ずしも関係ありません。
しかし、Web文化の時代には、他人と自分を隔てている知識の壁が、絶対的なものではなくなります。知事をしていて時々感じたのは、学校を出たばかりの新人職員が実は一番賢いのではないかということでした。
それはITリテラシーが高いからです。単に検索能力やスピードが優れているといった次元の話ではなく、他人の知識をあたかも自分の知識であるかのように扱うことができる能力を身につけているのです。これを暗黙知に対して、形式知と呼びましょう。
紙文化の時代には、暗黙知を持つ一部の人間が指揮・監督・命令を行う中央集権的な組織にならざるを得ませんでした。しかし情報が盛んに行き交うWeb文化の時代には、互いにフラットな関係の中で、新しい価値がどんどん生まれていく分散化した組織こそ理想とすべきです。
形式知一辺倒の危険性
誤解いただきたくないのは、暗黙知を全否定しているわけではない点です。暗黙知だけで治められてきた世界に、形式知が導入される必要があるというのがわたしの考えです。
ライブドア事件などは、暗黙知が完全に排除されてしまったために起きたのではないかと思います。
堀江貴文氏は一時期、IT時代の申し子のようにもてはやされました。良い悪いは別にして、確かに過去にはなかった斬新な経営スタイルが生み出されました。
しかし、形式知が盛んに働いていた一方で、暗黙知が決定的に欠けてしまっていました。ライブドアの場合には、それが企業統治の欠落という形で現れたわけです。
形式知は新しいものを生み出すが、それをコントロールするのは暗黙知の領域だと思うのです。両者のバランスがうまくとられないと、ICTが滞るか、あるいはライブドア事件のような極端な例が出てきてしまうか、どちらかに傾いてしまいます。
現在のマネジメント層に求められるのは、自分の中の暗黙知を生かしつつ、形式知から生まれる新しいものの中から本当に役立つものを見つけ出し、伸ばしてあげることでしょう。
平たくいえば、「おれの時代はこうだった」という価値観の押しつけはいけないということです。新しい価値を生むための投資を認め、責任は自分がとる。そういうマネジメント層のもとで、分散化した組織は正常に機能し、ICTを発展させていくのだろうと思うのです。
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